草柳繁一さんが指導をしておられた横浜在住グループの人達から「草柳先生にお会いしたい、角宮さん、機会をつくってください」と頼まれました。
　それでわたくしは、草柳さんにおねがいをしました。9月3日に、お出掛けくださるとのこと。
　その日はお天気もよくて、横浜港が見渡せる階上のレストランの窓辺に、席を用意いたしました。
　久し振りなので皆さん、それはなつかしそう。なつかしくてすぐには声にもならない様子、唯ただにこにこして、そんなみんなの気持に、草柳さんも楽しげに応えていらっしゃいます。
　やがて旧交をあたためながら食事。草柳さんを囲み、皆さんの弾む声を、傍らに聴いているわたくしもすっかりほのぼのとした気分につつまれました。
　短歌があってこそ生まれるゆたかな気分、それを大切になさる草柳さん。横浜歌人会で知遇を受けて以来、草柳さんをわたくしは尊敬してまいりました。長いことこの世界にいますが、人間的に尊敬できる人には、なかなかめぐり会えません。
　草柳さんを囲む人々のなかにいて、ふと、わたくしの脳裏をよぎる思いがありました。それは「独楽」の会のことです。
　平成9年（1998年）、横浜歌人会から少人数の人々が草柳さんの周辺に集って会が生まれました。その会に草柳さんは、「独楽」と名付けられました。
　「独楽」の会。
　わたくしは、独楽という名が好きでした。独り楽しむと書いて独楽（こま）。澄んだ音をしんと立てながらくるくる廻る独楽。
　酒落て、あかぬけのした会の名、さすが草柳さんの命名。
　含蓄ある草柳さんの批評の聞ける「独楽」の歌会は、わたくしにとって、大切な会となってゆきました。しかし草柳さんはあるとき以来、「独楽」の会に足を向けなくなってしまわれたのです。
　感情を表に出される方ではありませんが、草柳さんは、とてもきびしい一面を内に持たれている方です。これまでのお付き合いで、わたくしは知っていました。
　草柳さんあっての「独楽」の会。草柳さんが見切りをつけた会をわたくしは退きました。時の移ろう中、一瞬かがやいたと思うものも、所詮はうたかた。ひととき心あかるく参加していた会も、その例に洩れず敢えなく時の波まにのまれていったのでしょう。少し寂しさを味わう事になりましたが、人の集合には間まあることです。
　あッ、でも草柳さんは、いま、わたくしの近くにいらっしゃる。草柳さんは、笑顔でみんなとお話をしていらっしゃる。「独楽」を思い出していたのは、実は、ほんの僅かの時だったのです。現実にもどったわたくしの耳に、ある人の声が飛び込んできました。
　「草柳先生、歌集はいつ出されるの」
そしたら草柳さん、へんなこたえ方をなさいました。とぼけられたのかしら。
　「ああ、みんなにもあげてるだろ。『胡麻よ、ひらけ』。みんな、持ってるだろ」
そのみんなは、無邪気なもの。ポンポンと声が、はじけます。
　「そうでなくて次の歌集。いつ出るんですか」　
　「みんな、待ってまァす。」

　冗談ではなく、草柳さん、草柳さんの歌集は、わたくしも待ち遠しいひとりなのです。
　歌集の原稿は、まとめてあるよ、といまにも出版されそうな気配がしたのは、すでに十年も前。推敲していたら歌集にするのがいやになったとおっしゃったのも、ずいぶん前のこと。元気を出して、歌集を出す気になって下さい、と言えば、まあそのうちにで立ち消え。短歌はできるが、発表するところがないな、それならば穂積生萩さんの「火の群れ」に出されてはいかがでしょうか。草柳さんの作品ならば穂積さん、よろこばれますよ。「火の群れ」で時折、草柳さんの短歌が拝見できるようになって、めでたし、めでたし。歌集出版の方も、めでたし、にしていただきたいと切に願うわたくしです。
　歌集を出されるときは、ぜひ年譜を付けていただきたい。ある頃までは、みんなとお酒をのんで、文学を語り、たのしく笑い過ごしましたが、大病で手術をなさった草柳さん。振り返るとわたくしは草柳さんの何を知っていると言えるでしょうか。　
　昭和53年（1978年）出版の『胡麻よ、ひらけ』、たった一冊の歌集で存在感のある歌人。「コスモス」の前身「一叢会（ひとむらかい）」にもいました。「泥」の会のメンバー。結社に属さず無所属で現在に到った人。堂堂としているけれど、ちっとも威張らない人。所謂大人。どなったり威張ったりする野暮のおきらいな方。生まれは日本橋、浜町。
　3年間の軍隊生活を内地で体験していらっしゃる。津田沼の東部第九部隊に入って、東部第四部隊に転属。近衛の戦車隊にいたとき敗戦。次号は宮柊二との出会い、つながりを書けると、いいのですが――。